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只今ご紹介いただきました、北陸放送 辰巳でございます。入社35年です。
超ベテランということになるかもしれませんが、ほとんどアナウンサーとして仕事をしてまいりました。
現在は金曜日の午前中のワイドのパーソナリティの仕事を中心にしています。
先ほどエフエム石川の木村さんが言われましたが、石川県は大変災害の少ないところでして、私の社歴35年の間でも広域の自然大災害というのは初めてです。
今年3月25日9時42分でございました。ちょうど今日で5ヶ月になります。
日曜日の朝で私は自宅におりました。休日でしたので朝食はまだでした。
グラグラッと1分ぐらいの揺れがあり、ちょっと強い地震だなと想い、NHKテレビをつけました。
「能登北部震度6強」がでました。
私ども北陸放送の場合は震度5以上の地震の場合は報道関係部局の人間は出社するという規定がございまして、“すわっ出社”ということで、慌ててご飯をかき込んでジャケットを羽織って、車で金沢の方に出かけました。
私の住んでいるところは能美市で金沢まで22,3キロのところです。
地震の震源からは150キロ離れたところです。それにしてもかなり強い揺れが1分くらいありました。
車で35分くらいで北陸放送の本社に到着したのですが、同じ石川県の中で大きな地震があったとは思えないほどの(街の)落ち着きでした。
10時20分くらいに本社の報道部に到着しました。既に30人くらいが到着していました。
震度5は文句なく出社、震度4は本人の判断に任せるという規定があります。
10時から放送を始めておりました。
近くにいるアナウンサーが番組の中に割り込むような形で地震情報を言っていました。
情報の中身はニュースのスタジオには、あらかじめ、そういう災害のあったときの注意事項があります。
例えば「近くに火があったら消してください」とか、「落ち着いた行動をしてください」とかの文章を繰り返して読んでおりました。
時折、共同通信から来る大きな地震情報とか北陸放送の報道部が取材した県内のニュースなどを折り込んで放送をしておりました。
そして11時からですね、ワイドスタジオにスタジオを移しまして「地震特番」を立ち上げました。
これまでのニュースのネタ、プラス電話で特に奥能登の市や町、気象台、専門家、日頃ワイドで出ているお天気レポーターなどに電話を繋いで放送を開始しておりました。
問題はこの後でございまして、能登、特に奥能登にラジオカーを出して中継が必要だということになりまして、このラジオカーの運転手がなかなか捕まらず、これに結構時間が取られましてラジオカーの出発が遅れました。このことが悔やまれました。
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